「モデルを強くする」前に「足場」を直す──Microsoftが、コーディングエージェントに自分の作業環境を書き換えさせてSWE-benchを伸ばした
Microsoft Research の Self-HPO は、コーディングエージェントに自分の「足場(ハーネス)」を書き換えさせ、重みと交互に鍛える。35BモデルでSWE-bench平均を57.8%→64.8%へ。足場と重みの相乗効果と、自己改良の落とし穴を読む。
モデルは同じでも、成績は動く
コーディングエージェントの実力は、中身のモデルだけで決まるわけではありません。Microsoft Research が公開した研究「Self-HPO」は、モデルを取り囲む足場(ハーネス)をエージェント自身に書き換えさせ、そのうえで重みを鍛え直すことで成績を押し上げました。
論文は arXiv に 2026年10月16日付で投稿され、学習済みモデルとコードは GitHub(MSR-Orchard、MITライセンス)で公開されています。基盤モデルは Qwen3.5-35B-A3B で、三つのコーディング・ベンチマークの平均解決率を 57.8% から 64.8% へ引き上げたと報告されています。
成績を左右する「足場」の正体
ここでいう足場とは、モデルの重み以外のすべてを指します。解説記事はこれを「モデルを取り巻く scaffold(足場)」と呼び、次の四つを制御するものだと整理しています。
- 文脈:モデルが何を見るか(渡す情報の中身)
- ツール:モデルの行動がどう実行されるか
- フィードバック:実行の結果として何が返ってくるか
- 終了条件:いつ作業(エピソード)を打ち切るか
同じモデルでも、この足場の組み方次第で解ける問題は変わります。Self-HPO が狙うのは、この足場とモデルの重みを両方いっしょに育てる点です。
二つのつまみを交互に回す
Self-HPO は、足場を直す工程(H-step)と、重みを鍛える工程(P-step)を交互に繰り返します。H-step では、いまの方針(モデル)が自分の失敗を読み、新しい足場の候補を自分で提案します。P-step では、選ばれた足場の下で強化学習を回し、重みを更新します。
このとき訓練でつまずいた難問が、次の足場探索の課題集として回されます。失敗が、次の改善の的を自動的に絞っていく仕組みです。
足場の提案役には二つの流儀があります。外部の強いモデル(例:Claude Opus 4.8)に提案させる HPO と、方針自身に提案させて外部モデルを不要にする Self-HPO です。前者は成績の上限が高く、後者は自走できる身軽さが利点です。
数字で見る、足場と重みの効き方
公開リポジトリが示す SWE-bench 系の解決率は以下の通りです(単位:%、出典はリポジトリの結果表)。
| 設定 | Verified | Multilingual | Pro | 平均 |
|---|---|---|---|---|
| ベース(素のモデル) | 61.0 | 54.2 | 58.3 | 57.8 |
| HPO(外部モデルが足場提案) | 71.6 | 61.4 | 66.0 | 66.3 |
| Self-HPO(自己提案) | 69.5 | 59.7 | 65.2 | 64.8 |
注目は、足場と重みの相乗効果です。解説記事の分解分析では、ある設定で「足場だけの改善+3.5点」「重みだけの改善+3.4点」に対し、両者を組み合わせると+8.5点に達したとされます。良い足場が、それまで失敗していた課題を解ける課題に変え、強化学習に効く学習信号を与えたため、と説明されています。
開発現場が受け取れる教訓
これは巨大モデルを自前で訓練する研究ですが、日々エージェントを使う側にも応用の効く示唆があります。解説記事は次のような実務を挙げています。
- モデルをアップグレードしたら、足場(プロンプトやツール構成)も調整し直す
- 訓練・実行ログから難しかった事例を掘り出し、足場の見直しに使う
- 新旧の足場と新旧のモデルを掛け合わせて比較し、どちらの改善かを切り分けてから成果を帰属させる
- 失敗した実行の「提出ロジック」(結果の返し方)を点検する
「モデルを変えたのに思ったほど伸びない」とき、原因が足場側にある可能性を示している点は、ツール選定や設定チューニングの現場でも参考になります。
自己改良に残る影
一方で、エージェントが自分で自分の足場を評価し改善する枠組みには、慎重に見るべき面もあります。自己評価の輪が閉じると、特定ベンチマークに最適化されすぎる過学習や、見かけの改善に偏るリスクが指摘されています。
足場と重みを交互に回す検証には相応の計算コストがかかり、改善がどの工程由来かの切り分けも容易ではありません。自分で足場を書き換えるエージェントをそのまま本番へ載せる場合、変更履歴をたどれるようにし、人の監査を挟む設計が要るという見方も出ています。煽らず言えば、便利さの裏でこうした評価と統制の難しさも併せて考える段階に入った、ということです。
参照: arXiv: Self-Evolving Coding Agents via Harness-Policy Optimization / GitHub: MSR-Orchard/Self-HPO / learnagentic: What is harness-policy optimization? / Hugging Face Papers


