エージェントの群れに、自分で自分を鍛えさせる──Sakana AIのMASSが研究タスクで最大1.6倍、ただしコーディングは伸びなかった
Sakana AIがUC Berkeleyと公開したMASSは、一つのモデルに実行・指揮・採点の三役を兼ねさせ、エージェントの協働を教材に自己改善させる手法。研究系ベンチで最大1.6倍を記録した一方、SWE-bench等のコーディングでは土台モデルを下回った。
Claude CodeやCodexが、大きな仕事を複数のサブエージェントに分けて並走させるのは、もう見慣れた光景になりました。では、その「エージェントの群れ」の働きぶりを教材にして、土台のモデル自身を鍛え直せないか――。Sakana AIがUC Berkeleyと組んで2026年10月12日に公開したMASS(Multi-Agent Self-Supervision)は、その問いに正面から取り組んだ手法です。研究タスクでは手応えが出た一方、肝心のコーディングでは効かなかったという、率直な結果も併せて示されました。
一つのモデルが「実行役・指揮役・採点役」を兼ねる
MASSの中心にあるのは、たった一つの共有モデルです。このモデルが、役割を変えながら三つの立場を演じます。
- 実行役(executor): チームのサブエージェントとして実際の課題を解く。
- 指揮役(optimizer): どんなチーム編成・手順がうまくいくかを探索する。
- 採点役(evaluator): 複数のチームの出力を見比べ、最も良いものを選ぶ。
流れはこうです。指揮役が採点役のフィードバックを頼りに良いチームの進め方を探し、そのチームの実行ログを教材にして実行役(=同じモデル)を再学習させます。更新されたモデルは再び三役すべてを担い、同じループを回します。チームの集団的な経験を、一つのモデルへ蒸留し続ける――これが「再帰的な自己改善」の正体です。土台には270億パラメータ級のオープンウェイトモデルが使われ、2サイクルの改善が回されました。
研究ベンチでは1.2〜1.6倍、しかも少ないトークンで
成果は、研究寄りの4つのベンチマークで出ました。Sakana AIによれば、いずれも土台モデルに対して「トークンあたりのスコア」で改善しています。
| ベンチマーク | 領域 | 土台モデル比 |
|---|---|---|
| MLR-Bench | 機械学習リサーチ | 1.60倍 |
| DSBench | データサイエンス | 1.35倍 |
| AstaBench | 科学研究支援 | 1.28倍 |
| ScienceAgentBench | 科学タスク | 1.20倍 |
効率の面でも示唆的な数字が出ています。複数エージェントで集めた軌跡は、単体エージェントの軌跡を教材にした場合に対して68.3%の勝率を記録しました。しかも学習に使ったトークンは2,880万で、単体の4,200万より約31%少なく済んでいます。「人手を増やすように、同じモデルを複数の役に分ければ、より少ない燃料でより良い教材が作れる」という見立てを、ひとまず数字が後押しした格好です。
ところが、コーディングは良くならなかった
ここが開発者にとって肝心な点です。研究タスクで伸びた一方、ソフトウェア開発のベンチマークでは改善が波及しませんでした。2サイクルの自己改善を経ても、SWE-bench VerifiedとTerminal-Bench 2.0のスコアは出発点の土台モデルを下回ったと報告されています。
つまり現時点のMASSは、「エージェントを束ねて自己学習させれば、そのままコーディング性能も上がる」ことまでは示せていません。Sakana AI自身も、学習データにコーディング課題を加える改善案に言及していますが、その検証はこれからです。マルチエージェントの自己改善をうたう話題は増えていますが、研究向けの数字をそのまま開発現場の生産性に読み替えるのは早計だ、と受け止めるのが妥当でしょう。
「同じ頭で採点する」ことの落とし穴
もう一つ、Sakana AIが自ら注意を促している点があります。実行役も採点役も同じモデルであるため、共通の盲点(shared blind spots)が生まれやすいという指摘です。モデルが見落とす種類の誤りは、採点役としても見抜けません。すると誤りが「前進」と誤認され、学習を通じて強化されてしまう恐れがあります。
均質なモデル同士で自己改善を回す設計には、こうしたリスクがつきまといます。Sakana AIは、この「同質な自己改善」の安全性はコミュニティで慎重に検討すべきだと述べています。自律的にエージェントを回す運用を検討する立場からは、採点の多様性をどう担保するか(別系統のモデルやテストで裏を取るなど)という論点として覚えておく価値があります。
何が見えてきたか
MASSが示したのは、「エージェントの協働そのものを、次世代モデルの教材に変えられる」という道筋を、具体的な数字で見せたことです。一方で、研究タスクの伸びがコーディングへ素直に転移しないこと、そして同質な自己改善に特有の危うさも、同じ報告の中で正直に開示されました。まだ2サイクルという初期段階であり、長期の信頼性や実運用コストは未知数です。過度な期待も過度な失望もせず、続報を見極めたい手法です。
参照: Sakana AI「MASS: Recursive Self-Improvement through Multi-Agent Self-Supervision」 / MASS 技術ページ / AI Weekly / Superpower Daily / Runtime Wire


